2010年12月アーカイブ

健康食が強い、パンの紹介

山梨県甲府にあります、米ぬかを使用したパンにはまっております。
米ぬかというと、捨てるイメージプラス、食べにくいという印象が
多々あります。
 
しかし、甲府の城東にあります「松栄堂」さんの
米ぬかパンは、その概念を屈害しました。
 
このパンは、その名の通り、米ぬかを使用しております。
30%から70%セントまで配合を分けて、
数種類のパンとして販売されております。
 
さて、そのパンの効果ですが、
便通がよくなるというのが、一番即効性があると
社長様はいっております。
 
また、アトピーが治るとか、
体重が減ったなどなど、一度食べた人は、その効果を実感し
常連になっております。
 
輿石社長は、もともとお母様のために、
米ぬかが体にいいということで、この商品の開発をがんばって
作ったみたいです。
 
その研究成果が、このパンに凝縮されております。
詳細は、こちらにありますので、興味のある方は
ぜひ一度食べてみてください。
 

「個性」の必要性

「個性」の言葉から考えたことがあります。
「この言葉は、何のためにあるか」と考えたのです。

わたしたち今の若者世代は、
知らない内にやるべきことの増えている気がします。

それについて追究するにはおそらく、わたしたちの生まれたころまでさかのぼる必要があるでしょう。
増えた分、わたしたちは自分の時間を取られなくなりました。言い換えれば、よりみんなが同じ状態になる世代となったのです。

また、青春時代に友だちと一緒にいる必要のある時間が、昔より増えています。

これは短期大学時代に学んだことで、前にもあつかいました。
これは「したい」というよりも、「しなければならない」と言った方が正しいでしょう。

わたしは今書いた若者世代の様子に、うまくなじめないタチです。
だから、少しはなれた距離から、これまでに書いた状況を見ています。

自動車学校に行っていたころ、見覚えのある人がいました。

しかし、その人は名前などから、全然知らない人だと分かったのです。
その時、「あれ、そういえばこういう外見の人って、結構見かけるよなぁ」と感じたのです。

この場合は女の人でしたが、男の人に対してもそう言えるかもしれないと感じました。
わたしの気のせいでしょうか......?

死刑制度

死刑制度で一番大切なのは
ただ「加害者の命」を差し出されても無意味だということだ。
過去に池田小を襲撃した宅間守という死刑囚がいたが、
彼の場合「死刑になりたい」がために事件を起こし、
裁判の場でも拘置所内でも一切の反省の弁はなかったという。
彼はいまだかつてないくらいのスピードであっという間に死刑が執行されたが、
この死刑は全く無意味だと断言できる。
もちろん死刑判定が間違っていたということが言いたいのではない
死刑執行時に心からの反省をさせておくべきだったのだ。
反省した人間を殺めるという行為は決して矛盾はしていない。
むしろ徹底的に反省をし、自分の行為を心の底から悔い、
取り返しのつかない重大な罪を犯したことを十分認識させる必要があるのだ。
もしかしたらこの死刑囚は今後人間らしい生き方を遂行できるかもしれないと迷いすら感じるぐらいに。
 
しかし、そこで間違いなく確実に死刑を執行する。そこで初めて被害者の命と加害者の罪は等価になる。
これは残酷なのかもしれない。だけど残酷だからこそ、憚れるべきことであるからこそ、死刑に意味が出てくる。
簡単に他人の命を奪ったりするものではないというメッセージ性が込められてくる。

若者として

「若い人の接客を見て、わざわざやっていると分かった」
 
数世代上の方と話をしていた時、こう聞きました。
接客は、わざわざそうしていると分からないようにするものだそうです。
 
わたしも実際、「若い人」として接客を経験しました。
 
しかし、上手くできなかったのです。
わたしはもともと、本当の気持ちが口や表情で上手く出せません。
そのため、接客ではなおさらだったのです。
 
このことから、同世代はわたしにとって、「自分よりも接客をふくめたコミュニケーションが上手くできる人た」です。
 
接客の仕事をしている若い人は、本当にみなさんもよく見かけますよね!
 
ただ、それでも上の世代の方にしてみれば「わざわざやっていると分かる」のです。
 
その言葉を聞いて、わたしは衝撃を受けました。
いくらコミュニケーションの得意不得意があっても、経験の少なさからどうしても同じ状態に見えてしまうのです。
 
「接客もふくめて、口や表情で本当の気持ちをうまく伝えられない」
そうなやんでいるわたしは今も、複雑な気持ちをかかえています。
 
同世代の若い方へ。
 
接客の仕事をこなしている分、なれているよという方もいらっしゃいますでしょう。
しかし、上の世代から見れば、最初に書いた様子に見えるらしいのです。
 
経験の差はありますが、同じ気持ちでお互いにコミュニケーションをがんばりましょうね。

このアーカイブについて

このページには、2010年12月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2010年11月です。

次のアーカイブは2011年1月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ

ウェブページ