2011年1月アーカイブ

作詞開始!

前に、アマチュアで作詞をやっている親戚から「作詞のやり方」
が書かれた紙をいただきました。
いただいてからしばらく、わたしは作詞をやるかやらないかと迷っていました。

その末、作詞もやることに決めたのです!

わたしには、尊敬するシンガーソングライターがいます。
わたしはその方みたいに作曲や演奏、歌うことまではうまくできません。

だから、「作詞」だけでもその方のように、立派な作品を作りたいと思っているのです。

......それでも、わたしはやろう!とするとむしろ頭が真っ白な状態になるんですよね(苦笑)
「やりたいことだから、やらなきゃ」と自覚しているのですが。

そのため、作詞はへぇこら言いつつ何とかつづけている状態です。
それでも、歌詞ができあがりました!

ただ、作詞の基本については、まだ模索している最中です。
使う文字数については、前にまとめてある程度は考えていたのですが。

それに、雰囲気を決める時
「何とか組み合わせなければ!」
と構えてしまい、逆にグダグダになっているのです。

文学をくわしく学んだ過去が、あだとなってしまいました。
普段は「してよかった」と主張していることなのですが(苦笑)
だからこそ、「初心忘るべからず」なんですね......。

なんだかんだで、作詞開始です!

殺人犯の高齢化

「殺人」は絶対にやってはいけないことですが、
そこに様々なトラブルが重なってくると、
行動に移してしまう人が世の中には沢山います。

そんな凶悪事件に関する話ですが、
何やら若者よりも高齢者の方が殺人事件を起こす件数が増えているそうです。

世間的には「ゆとり世代」と言われる、
何不自由なく、そして学校からも甘やかされて育てられた若者の方が、
人としての知能が低く、そういった事件を起こしやすそうにも思うのですが、
実際は全くの逆とは驚きです。

たしかに思い当たる節はあるかな。
殺人事件とは直結しない経験ですが、それとなく近い経験は。

というのも電車に乗っていると、股を大きく開いて、
「俺の座っている座席だぜ!」と言わんばかりの若者が時たまいます。

身なりも明らかにヤンチャをしている格好で、
きっとこの人はこれから人が沢山乗ってきても全く姿勢を変えないんだな・・・、
と思っていると、普通に股を閉じて良い子ちゃんになる。

何回も見たわけではありませんが、過去何度か、
そういった状況に遭遇したことがあります。

つまり若者は適度ある堕落を覚えているのかもしれません。

逆に高齢者は何が原因なのかは分かりませんが、
ネジが一本飛んでいる人に度々遭遇します。

満員電車でもお構いなく携帯電話で喋り始めるのは、
その大半が60代以上の人ですしね。

まぁ私の見たこういった現場というのは、
限られた地域・場所での出来ごとの為、全国的に見れば、
全くその逆もあるとは思います。

それにしても何で殺人事件の高齢化が起きているのかな。

映画「半落ち」

 米国の派手なアクションシーンやCG場面ばかりが映画じゃありません。今回取り上げる映画の「半落ち」もいい味出てますよ。いや、ラーメンの物語じゃありません。立派な日本映画です。以前取り調べる側にいた警察官が自首してくるんですよね。奥さんを○○したんです。おっといけない!これ以上の内容はぼかしますよ。ではどうして自首したのか?なぜ日を置いて自首したのか?その答えは映画を観て見つけてくださいね。結末はもちろん書きませんよ。横山秀夫さんの原作ですね。本を先に読むか、映画が先か、ですか?どちらからでもいいですよ。映画と小説は同一のものではないですよね。「完落ち」や「半落ち」の意味は何でしょう?これも観れば後でわかるかもしれません。え?わからない?ヒント欲しいですか?じゃあ書きましょう。警察用語です。俗称です。

映画「半落ち」は第28回の日本アカデミー賞の最優秀作品賞だったんですね。同じ年の優秀作品賞は「世界の中心で、愛をさけぶ「血と骨」などです。どれもいいですね。どれも本を読みましたよ。寺尾聰さんが最優秀主演男優賞を受賞しましたね。ルビーの指輪を歌った寺尾さんですよね。日本人の微妙な感覚を味わってみてください、観てない方は。

言葉を思い出す

気になっていたことから連想して、
ある言葉を思い出そうとしていました。
しかし、それはできず、わだかまりが残ったのです。

幸い、数時間経ってからその言葉を思い出せました。
その時、大声で思い出した言葉を叫びたくなったのです!

言葉を忘れることは、よくありますよね。

似たように、うまく浮かばずに伝えられないことも。
大切な機会に限って、起こってしまうこともあります。
普段より緊張しているから、というのもあるでしょうが。

最悪の場合は、取り返しのつかないことになってしまいます。大変なことですよね!
その分、思い出せた時の嬉しさは大きなものです。

だから、わたしは最初に書いたような行動をしたくなりました。

前に聴いた曲の歌詞にも、似たことが描写されていました。
みなさんの中にも、同じ経験をなされた方がいらっしゃいますでしょう。
叫んで叫んで、感情の大きさを人へ伝わるように表面へ出すのです。

ただ、思い出した時の反応が人それぞれなのは、もちろん知っています。
自分自身でさえ、そうですもの。
前に書いたわたしの反応も、あくまで「とくに出したくなる回数の多い反応」ですから。

言葉を思い出した時、引き出すつもりのなかった記憶もついてくる時があります。

その時、少しずつ染みて急激に襲ってくるような悲しみや苦しみを、感じることもあるのです。

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